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ピアノの歴史について

ピアノがこの世に誕生してから約300年たちました。
ピアノは18世紀頃に存在が確認されています。ピアノ誕生以前はJ.Sバッハやヘンデルはどのような楽器で演奏したり、作曲をしていたのか、その前身となる楽器を探ってみましょう。
ピアノがどのように生まれそして今のカタチになったのか、ピアノ買取総合センターと一緒にその変遷をたどっていきましょう

ピアノの歴史を5段階にして紹介します。

ピアノ以前の楽器について
  弦を叩くことで発音する鍵盤付きのダルシマー系の楽器がピアノの先祖であるという説があるが、ピアノは「クラヴィコード」と「ハープシコード」といった楽器を 進化させたものだということです。
それまで18世紀前半までは、ピアノの前身楽器である「クラヴィコード」と「ハープシコード」が鍵盤楽器の主流となっていました。
クラヴィコードは弦をタンジェントと呼ばれる金属片で突き上げるもので、鍵盤で音の強弱のニュアンスを細かくコントロールできる当時唯一の鍵盤楽器であったが、 音量が得られず、狭い室内での演奏を除き、ある程度以上の広さの空間で演奏するには耐えなかった。
チェンバロは弦を羽軸製のプレクトラムで弾くものであり、十分な音量が得られたものの、ストップ(レジスター)の切り替えで何段階かの強弱を出せる他は自由に強弱をつけて 演奏することは困難であった。
     
  ピアノ開発の父 クリストフォリ
    すぐれたチェンバロ製作家であり、技術体系に熟練していたイタリア・パドヴァ出身のバルトロメオ・クリストフォリ(1655-1731)がピアノを発明したといわれている。
クリストフォリはチェンバロの音が強弱に乏しい点を改善しようと画期的なシステムを創り出した。 クラヴィコードでは鍵を押している限りタンジェントが弦に触り続けるが、ハンマーが弦に触れ続ければ響きを止めてしまう。 更に、ハンマーは激しく弾むことなく元の位置に戻らなければならず、同音の連打にも堪えなければならない。 クリストフォリが独自に開発したピアノアクションはハンマーが弦を叩くが、その後弦と接触し続けない、というピアノの基本機構を生み出し、 ピアノ以前の楽器では表現しにくかった「音の強弱」がタッチによって可能になる機能、すなわちハンマーアクションを備えた楽器が考案されたわけです。
後代のさまざまな方式のアクションの原型となったこの楽器を彼は「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」と命名しました。
     
  世界中で進化していくピアノとその製作者達
    ■ジルバーマン
イタリアでは後継者がなくピアノの開発は、ドイツ人のオルガン製作家、ゴットフリート・ジルバーマン(1683-1753)に受け継がれ、発展していきました。 彼はクリストフォリの発明に改良を重ねて 新しいピアノを開発した。その新しいシステムがダンパーペダルの原型の発明がある。 ダンパーペダルは、全ての弦から一度にダンパーを取り払う機構で、これにより全弦が自由に振動する。ただジルバーマンが開発したのはハンドストップでしたので 演奏を中断しないと操作できないものであった。ただこのシステムが元になり後年のダンパーペダルに繋がっていく。
■シュタイン
ジルバーマン後の時期の最も重要な製作家の一人に、その弟子でドイツのアウクスブルクで活動したヨハン・アンドレアス・シュタイン(1728-92)がいる。 シュタインのフォルテピアノのアクションは、従来の「突き上げ式」に対し「跳ね上げ式」と呼ばれる。 シュタインのピアノは、連打が可能なエスケープメント機構を備えていて、クリストフォリ・アクションよりも簡単な構造を持ち、 奏者のタッチに極めて敏感に反応する軽快なタッチと音が特徴でした。 モーツァルトはシュタインのピアノの明るく平均された音色を愛し、多くのピアノ曲を書いた。
■ツンペ
イギリスのフォルテピアノ製作は、ヨハン・クリストフ・ツンペに始まる クラヴィコードにハンマーアクション(イギリス式アクション)を付けたスクエアピアノを開発しました。 簡単なアクション方式を開発した為技術的発展という点ではほとんど功績はないものの、フォルテピアノがチェンバロに取って代わるのに大きく貢献した。
     
  ピアノ生産が手作りから工業化
    産業革命によって鋼鉄弦や鉄骨のフレームをつくることが可能となり現代のピアノに至る劇的な変化を遂げる。 作曲家や演奏家からの音域・音量の拡大や確実に連打できる高性能なアクション、より力強く、持続性の高い響きの尽きぬ要求への反応でした。
産業革命前の18世紀末まで、ピアノは、一台一台手作りで、音域は5オクターブが標準でした。ピアノでは7?オクターヴか時にはそれ以上の音域を持っている。 貴族のものであった音楽が一般の人のものに移り変わるとともに多くの人を収容できるホールができ、ピアノもそれに対応できるように、大きな音量と音の伸びが必要になりました。 そこで、弦はより高い張力で張られ、それを支えるフレームにも、頑丈な鉄骨が必要になり、もうピアノを手作りするのは不可能になり、工業生産されるようになったのです。
現代のピアノの響きを作り出した大きな技術革新の一つに、頑丈な鉄製フレームの導入があげられる。 鉄製フレームは「プレート」とも呼ばれ、響板の上に設置し、弦の張力を支える。 フレームが次第に一体化した構造を獲得するのにあわせて、より太く、張力が高い弦を張ることが可能になり、また張る弦の本数を増やすことも可能となった。
革の代わりにフェルトをハンマー・ヘッドに用いることで素材がより均質である上に、ハンマーが重くなり、弦の張力が増すとともに、より大きなダイナミックレンジを得ることを可能とした。

19世紀初めにアップライト・ピアノは開発されました。弦を垂直方向に張った楽器で、響板とブリッジを鍵盤に対して垂直に設置する。 開発初期のアップライト・ピアノでは、響板や弦は鍵盤よりも上に設置し、弦が床に届かないようにしている。 その後アップライトピアノは現在のアクションとほぼ同じ型のものが考案され、実用性が認められるようになり、一般家庭へ普及していきました。

現代のアップライト・ピアノおよびグランド・ピアノは、19世紀末に現在の形にたどり着いた。
     
  現代のピアノ
    19世紀の中頃には、リスト、そしてブラームス、サンサーンス等々の音楽家を満足させるべく改良が進められました。 メーカーのその後の努力目標は、もっぱら質の向上に向けられることになります。
ピアノの弦は、さらに太い巻線になり、また全体の張力も増大したため、それを支えるために鋳物の鉄骨を組むようになりました。 ピアノは大ホールに対応できる音量や、協奏曲などでオーケストラに負けないようにするために、改良されていきます。
鍵盤は長くなり、沈みも深くなりました。弦も限界まで張力を高め、現代では20トンに及びます。音域の面でも、第一次大戦後は現在と同じ88鍵が標準になりました。
電子技術を駆使した消音ピアノや自動演奏ピアノなども登場し、ピアノの活躍の場はさらに拡がっています。
     



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